コンブチャ 紅茶キノコ

1975年に出版された紅茶キノコ健康法の中身は?何が書いてあるの?

だいぶと古い本だったので、図書館で手に入れました。
コンブチャワンダーランド
「紅茶キノコ健康法」に載っている情報にはどこまで科学的に検証されているか良くわからない情報があるので、その点に注意して当記事を読んでいってもらえたらと思います。

 

紅茶キノコ健康法を書いたのは中満須磨子さんという女性の方です。

 

彼女が紅茶キノコと出会ったのは読売新聞の社会部の長谷川さんという方が彼女の自宅に紅茶キノコを持参しました。

 

見た目があまりよろしくない紅茶キノコなので、最初はなかなか思い切って飲むことはできなかったそうです。

 

紅茶キノコ健康法

時間はかかりましたが、彼女も自分で紅茶キノコを飲むことになりました。

 

彼女は体が小さい頃からあまり強くなくて、病気がちな人間でした。

 

その当時は常習的な便秘に悩まされていて、紅茶キノコを飲みだしてから彼女が抱える悩みが一気に解決の兆しを見せます。

 

そこから彼女は紅茶キノコの熱狂的な信者になりました。

 

彼女はいたるところで紅茶キノコがいかに効き目があったかという話を触れ回ります。

 

すると各地で紅茶キノコの信奉者が続々と現れるようになります。

 

彼女も著書で述べているのですが、紅茶キノコはロシアの長寿村で伝わる民間療法、どこまでしっかりとした科学的エビデンスがあるのかわかっておりません。

 

しかし、紅茶キノコを飲みだしてから数々の奇跡的な出来事が起こります。

 

それについては関連記事を読んで見て下さい。

 

紅茶キノコの効能

 

紅茶キノコはどこからきたのか?

紅茶キノコ健康法

これはソ連時代の話になります。

 

中満須磨子さんの自宅にロシア語の先生を現地でしていた女性が訪れます。

 

ロシア語の先生がソ連の農民の間で民間伝承の形で残されている健康飲料の株。すなわちコンブチャの株ですね。

 

それを持って帰国しました。

 

おそらく当時でもそのようなものを税関を通すことは用意ではなかったのではないかと思います。

 

こっそりと持ってきたということですね。

 

ロシア語の先生が紅茶キノコと出会ったのは学生寮でのことでした。

 

ルムンバ大学の日本人留学生たちの部屋にある奇妙な飲み物を紹介された時です。

 

「これは何?」

 

初めてみる奇妙な飲み物に彼女は聞いてみました。

 

「健康長寿の霊薬ですよ、ソ連の・・、ぼくたちがこの夏の旅行中の収穫なんです。バイカル湖に近い純農村で過ごした夏の記念に、農場の人からもらってきたのですが、飲み手がなくてそこへおきっぱなし。

 

僕らはまだ若くて健康だし、糖分の向きは起こりませんね。」

 

学生たちに勧められるまま、その飲み物を飲んでみると少しすっぱい感じの紅茶・・

 

「もし飲まれるならお持ちになってください」

 

とのことで紅茶キノコが日本にやって来ることになりました。

 

とのことです。

 

1970年代に流行した紅茶キノコはソ連ロシアからやってきたということです。

紅茶キノコ健康法のあらすじ

ここで最初から最後まで紅茶キノコ健康法に書いてあることを書きつづっていこうかとおもったのですが、ものすごく長文になりそうなので、目次を紹介軽く紹介します。

 

私と紅茶キノコ

この章では上で紹介したようなことが書いてあります。

 

その他にも中満さんが病気がちであったのに紅茶キノコを飲みだしてからもののみごとに健康を手に入れたという話があります。

 

紅茶キノコ第一号

ソ連からのおみあげとして紅茶キノコをプレゼントされ、そこから日本全国に波及していく様子が書いてあります。

 

鳥居さんの放送と実験

当時NHKで勤めていた鳥居さんが紅茶キノコで中満さんが健康を手に入れたという放送を流して、急速に日本全国に流行の波が起きたという話が書いてあります。

 

培養・飲み方・実態

紅茶キノコの正しい培養の仕方について詳細が書いてあります。
そして、本当のところ紅茶キノコとはなんなの?という科学的なこと、そして、その効果について書いてあります。

 

民間療法

病気がちな人生を歩いてきた中満さんが民間療法に対して思っていること。

 

怒りに近い感情がここに書いてあります。

 

本当に良くなるかわからないのにもかかわらず病人の不安な感情に漬け込んで高い金を要求する。

 

でも紅茶キノコなら誰でも簡単に培養できて健康になれる。

 

その思いが書かれています。